20年前まではよく立ち寄っていた町に行ってみようと思い立った。電車で向かったが、ふと1つ手前の駅で降りて、その町まで歩いてみようという気になった。この駅で下車するのははじめてのことだ。
駅から150mばかり離れたところに線路とほぼ平行に大きな道路が通っていた。目的の町の方向に少し歩くと高架の線路が道路を横切っていた。その高架下にさしかかって道路の向かい側に目をやると、「なんだあれは!?」という感覚に不意に襲われた。道路の向かい側が鉄道の駅の入り口のようで、アーチ型のトンネルのような異様に暗いガード下がそこに開いている。道路を渡って行ってみると、驚くべき光景がそこにあった。昭和というより、戦前という感じ(?)、ひいては大正時代まで遡れるような雰囲気と空間が広がっていたのだ。
昭和も遠くなり、それでも点景としての昭和はまだ私の町のあちこちに残っているが、タイムスリップ感を覚えるような環境としての昭和を残しているような場所はもう消えてしまった。というのに、実際には見たこともないそれ以前の時代の感覚まで呼び起こすような場所がまだ残っていた。しかも、現役の鉄道駅舎として運用されている。まさに奇跡に近いことだ。
以前はガード下には飲食店、商店、事務所などが並んでいたはずだが、私が訪れた2ヶ月前に営業していたのは道路側の1軒の飲食店だけだったと思う。店舗のスペースが板やパネルで塞がれた所も多かった。残念ながら、このタイムスリップの光景が見られるのもそう長くはないという気がした。
それから、当初の目的の町までタイムスリップ感覚が抜けないまま歩いた。こちらは20年間ですっかり変わり果てていた。町の区画はほぼ同じでも、店舗や店構えが総替えのように変化しており、昔の印象はない。よく立ち寄っていた店もない。これが現在というものだ。この町に来ることはもうないだろう、と思った。