「いってらっしゃい」というアナウンスと同時にコースターは海上に張り出した40度にも迫らんばかりの傾斜をがたごと登りはじめる。すでに真下に海が広がる最上部に到達すると車両は右にカーブし、マックスの位置エネルギーをゆっくり消費しながら滑らかに走行しはじめる。そしてもう一度右へ曲がった瞬間、車体は最大斜度の軌道を轟音を立てて落下していく。悲鳴とも歓声ともつかない音声が下から見上げる我々の耳に届く。
この光景、もう何度見たことだろう。案内板は3ヶ国語で書かれており、英語ではSURF COASTER LEVIATHAN、中国語では破浪雲霄飛車という。ブルービーチに出現した将棋のコマのようなイメージだろうか(笑)。最近は夏場には途中で水しぶきがかかるような仕掛けもあるような気がするが、はっきりはしない。
高所恐怖と重力加速度の身体的苦痛のハードルを越えがたい私はこのコースターにまだ乗ったことがない。Wikipediaには「日常的にやや強い風が吹き、滑走時に海に突入するような感覚を覚える。日没後はコースの周囲が暗闇となり、別の恐怖感が出る」とある。乗った者にしかわからないこの体感に、個人的な高所恐怖と重力加速度が加わるのである。想像するだけでおぞましい。これまで乗らなかったのは大正解だったとしかいいようがない。
ここのコースターが乗り物としてどの程度のランクにあるのかはわからない。しかし、構造全体の何分の一かをわざわざ海上にスライドさせたような白と水色の鉄骨構造物は、コースターの景観の点では、トップレベルにあるはずだと想像する。もちろん鉄骨だけの構造物など景観的に目障りだと思う人もいるだろう。
ここは人工島である。私の町は戦後、高度成長期にかけての時期に東部の海岸を広大に埋め立て、その臨海地区を産業サイドに独占させることによって、一般市民を海岸線から締め出してしまった。その穴埋めのために造成されたのがこの人工島であり、隣接する人工の浜辺である。人工島はこのコースターや水族館を含むアミューズメントパークになっている。
常識的には考えられないことだが、このパークは入場自体は無料で、誰でも自由に出入りすることができる。つまり、商業サイドに海岸線を独占させていない。一般市民にとって上記の穴埋めが今のところ正常に機能している。喜ばしいことだ。海岸線は私たちの意識のひとつの生命線である。切れ切れにしてはいけない。迂闊に手渡してはいけない。奪われてから気づいてももう遅いのである。